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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)8654号 判決 1987年5月27日

原告

株式会社輸出入サービス・センター

右代表者代表取締役

村田太郎

右訴訟代理人弁護士

大宮正壽

被告

株式会社富士銀行

右代表者代表取締役

荒木義朗

右訴訟代理人弁護士

下飯坂常世

海老原元彦

広田寿徳

竹内洋

馬瀬隆之

被告

株式会社東京銀行

右代表者代表取締役

柏木雄介

右訴訟代理人弁護士

平賀健太

宇田川忠彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金三五〇七万六八四〇円及びこれに対する昭和五六年一月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告両名)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、アメリカ合衆国カリフォルニア州所在の訴外シキ・エンタープライズ・インコーポレーション(以下「シキ・エンタープライズ」という。)との間で、昭和五五年九月一一日、原告を買主、右訴外会社を売主として、次のとおりの商品輸入売買契約を締結した。

(一) 輸入商品

ネスカフェ・インスタントコーヒ

一〇オンス

(二) 数量 四万三二〇〇本

(三) 代金 金一七万〇四〇〇米ドル

(四) 荷送人 シキ・エンタープライズ

(五) 船積地域

アメリカ合衆国カリフォルニア州、ロングビーチ港

(六) 仕向地 横浜港及び大阪港

(七) 仕向地到着予定日

昭和五五年一一月一一日(横浜港)

同月一三日 (大阪港)

2(一)  被告株式会社富士銀行(以下「被告富士銀行」という。)は、原告からの右輸入取引のための取消不能信用状の開設依頼に基づき、昭和五五年九月一一日、原告に対し、左記のとおりの内容の金額五万六八〇〇米ドルの取消不能信用状(以下「本件信用状」という。)を開設し、右信用状開設の事実は、同日、通知銀行である被告株式会社東京銀行(以下「被告東京銀行」という。)ロスアンゼルス支店に通知された。

(1) 発行依頼人 原告

(2) 発行銀行 被告富士銀行横浜支店

(3) 発行日付 昭和五五年九月一一日

(4) 参照番号

LC二九〇/〇〇一一八八

(5) 通知銀行

被告東京銀行ロスアンゼルス支店

(6) 受益者 シキ・エンタープライズ

(7) 金額 金五万六八〇〇米ドル

(8) 支払銀行

被告東京銀行ニューヨーク支店

(9) 有効期限

昭和五五年一一月一五日

(10) 船積期限 同年一〇月三〇日

その後被告富士銀行は、同月一六日、原告からの増額依頼に基づき、本件信用状の金額をさらに金一一万三六〇〇米ドル増額し、合計金一七万〇四〇〇米ドルとし、右事実は、同月一七日、被告東京銀行ロスアンゼルス支店に通知された。

(二)  なお、本件信用状においては、受益者の振り出した荷為替手形の買取条件として、当該商品の船積を証する船荷証券及び商業送り状(インボイス)の呈示が必要とされていた。

(三)(1)  本件信用状開設の事実は、そのころ、被告東京銀行ロスアンゼルス支店から、訴外ザ・ファースト銀行ガーデナー支店を通じて、本件信用状の受益者であるシキ・エンタープライズに通知された。

(2)  右通知の際、本件信用状(原本)もシキ・エンタープライズに交付された。

3(一)  シキ・エンタープライズの代表者である通称Y・ゴトウこと訴外後藤善康(以下「Y・ゴトウ」という。)は、被告東京銀行ロスアンゼルス支店に対し、昭和五五年一〇月二九日、本件信用状の受益者であるシキ・エンタープライズ振出しにかかる左記の各参照番号及び金額の荷為替手形二通(以下「本件荷為替手形」という。)を、本件信用状、商業送り状及び船荷証券三通(甲第一三、第三及び第一四号証の各一、二。以下「本件船荷証券」という。)と共に呈示し、被告東京銀行ロスアンゼルス支店は、右同日、本件荷為替手形二通を買い取つた。

(1)(ア) 参照番号

一六五―BBS―六三〇九二

(イ) 金額 金五万六八〇〇米ドル

(2)(ア) 参照番号

一六五―BBS―六三〇九四四

(イ) 金額

金一一万三六〇〇米ドル

(二)  被告東京銀行ロスアンゼルス支店は、右(一)の買取りの実行後、本件信用状中に支払銀行として指定されている被告東京銀行ニューヨーク支店に対して本件荷為替手形を送付し、右手形を受領した同支店は、本件信用状に基づき、右ロスアンゼルス支店に対して右手形金を支払うとともに、被告富士銀行本店名義ドル建預け金勘定から右手形支払金相当額を引き落とし、右手形の支払資金に充当した。

(三)  そのため、原告は、被告富士銀行から本件荷為替手形金相当額の支払の請求を受け、昭和五六年一月三〇日、被告富士銀行に対して右相当額(右同日現在の外国為替相場による換算額金三五〇七万六八四〇円)を支払つた。

4(一)  被告東京銀行ロスアンゼルス支店は、昭和五五年一一月上旬ころ、本件信用状に基づく商業送り状及び本件船荷証券を被告富士銀行本店を経由して同横浜支店に送付し、同月一〇日、原告は同支店から本件船荷証券等の書類を入手した。

(二)  ところが、本件船荷証券は、Y・ゴトウが偽造したものであることが判明した。

すなわち、Y・ゴトウは、船会社である訴外ホンコン・アイランズライン社の船荷証券用紙の表面と別の船会社である訴外フェスコ社の船荷証券用紙の裏面とを合成・複合して本件船荷証券を偽造したものである。

(三)  本件船荷証券が右のとおり偽造であつたため、原告は、前記3(三)のとおり本件荷為替手形金相当額の出捐をしたにもかかわらず、前記1の輸入商品を取得することができず、右手形金支払相当額の損害を被つた。

5  本件荷為替手形については、本件信用状に基づき買取り権限を授権された被告東京銀行ニューヨーク支店ではなく、買取りにつき無権限である同行ロスアンゼルス支店において買取りが行われ、その結果同行ニューヨーク支店における書類点検の機会が完全に奪われた。この点につき被告らには次のような過失が存する。

(一) 本件信用状は、受益者であるシキ・エンタープライズ振出しの荷為替手形の支払銀行を被告東京銀行ニューヨーク支店に限定しているが、それは、為替専門銀行である被告東京銀行の書類点検能力に被告富士銀行が全幅の信頼を置いたためと考えられ、したがつて、右荷為替手形の買取りについても被告東京銀行ニューヨーク支店のみがその権限を授権されていたものである。

(二) しかるに、被告東京銀行ロスアンゼルス支店は、第一に、本件荷為替手形の買取りにつき無権限であるにもかかわらず右手形の買取りを実行したばかりでなく、第二に、右買取り後、本来であれば信用状条件に従つて本件船荷証券その他の添付書類一切を支払銀行である被告東京銀行ニューヨーク支店宛呈示して同支店に書類点検の機会を与えるべきであつたにもかかわらず、これを怠り、信用状発行銀行である被告富士銀行に直送して、被告東京銀行ニューヨーク支店における書類点検の機会を奪つたものである。

(三) また、被告富士銀行としても、買取銀行が本来の呈示先であるべき被告東京銀行ニューヨーク支店であることが信用状条件の大前提であるから、信用状条件に定めたとおりの送付先か否かをまず確かめなければならなかつたにもかかわらず、これを怠つたものである。

6  被告らは、以下のとおり、書類の常態性についての点検義務を負担しているものであるが、これを怠つたため、本件船荷証券の外形上明白な偽造を看過したものであつて、右偽造の看過につき点検義務違反の過失が存する。

(一) 本件信用状には、国際商業会議所採択の「荷為替信用状に関する統一規則および慣例」(一九七四年改訂。以下「統一規則」という。)が適用されるところ、右統一規則によれば、被告らは、相応の注意をもつて、すべての書類を点検する義務を負い(統一規則七条)、右点検義務は、書類の常態性、すなわち当該各書類が通常同種の取引に用いられるものと同様の形式を備えているか否か、及び書類相互間に矛盾がないか等の点についての点検義務を含んでいる。

したがつて、被告らは、当該各書類の常態性につき点検しなければならない義務を負つているのである。

(二) 本件船荷証券は、以下の(1)ないし③のとおり、外形上常態性を欠き、偽造されたものであることが明らかである。

(1) 表裏の船会社名の相違

本件船荷証券は、表面は船会社であるホンコン・アイランズライン社( HONGKONG ISLANDS LINE)の用紙であり、裏面は別の船会社であるフェスコ社(FES-CO)の用紙となつており、表面のHONG KONG ISLANDS LINEの記載は大きく一見して目に入る記載であるし、裏面全体は細かい字で印刷されているが、文中数箇所(左端列の第二ブロックの一二行目、右端列の最下段の最終文字等)に「FESCO」と大文字で印象的に記載されている。

(2) 署名の綴りの不統一

(ア) 本件においては、本件信用状に基づいて各仕向地(大阪港、横浜港)ごとに各三通ずつ二セット計六枚の船荷証券が被告東京銀行ロスアンゼルス支店によつて買い取られ、そのうち本件船荷証券(三通)を含む四通が被告富士銀行から原告に交付された。

(イ) この本件船荷証券三通を含む四通の各船荷証券の発行人の署名は、甲第一三号証の一、二の船荷証券(以下「本件船荷証券(一)」という。)ではSium Man-tell、甲第三号証の一、二の船荷証券(以下「本件船荷証券(二)」という。)ではSimu Mantell、甲第一四号証の一、二の船荷証券(以下「本件船荷証券(三)」という。)ではSinur Mantell、他の一通ではSimur Mantellとなつており、名前がSium、Simu Sinur Simurと四通とも綴りが異なつている。

このように、本件船荷証券三通を含む船荷証券四通の発行人の署名が相互に不統一であることは歴然としている。

(3) 印刷の不鮮明、ずれ、紙質等

本件船荷証券は、印刷が不鮮明で、かつ、印刷ずれが存するなど、通常の船荷証券の様式と用紙の紙質、印刷の色合いが異なることは、一見して明瞭である。

(ア) 本件船荷証券(一)及び(二)の各表面(甲第一三号証の一及び同第三号証の一)について言えば、ホンコン・アイランズライン社の社章の色が不鮮明で、旗としての形状が分らず、右上欄外のBill of Ladingの記載の右隣には意味不明な不鮮明な線があり、右下段の囲みの線も不鮮明で枠取り自体が途切れており、署名の前後の印刷は判読不能な程薄くかすれている。

また、左下段のFREIGHT PAY-ABLE ATの上の二本線と商品名欄の縦の線の下端との間に空隙が生じている。これは、ホンコン・アイランズライン社において通常用いられている所定の船荷証券用紙(以下「ホンコン・アイランズライン社船荷証券用紙」という。)の表面(甲第一〇号証)の上段(社章、社名及び表題(Bill of Lading)を記載した部分)と下段(FREIGHT PAY-ABLE AT以下の欄)との中間に、荷主輸出申告書(甲第一二号証)中の該当事項欄を切断の上合成した結果生じたものである。

さらに、商品名欄の右端に通常の船荷証券では使用されない「DorF(21)」という記載がある。

(イ) また、本件船荷証券(一)及び(二)を前記ホンコン・アイランズライン社船荷証券用紙と対比すると、表面については、右船荷証券用紙(甲第一〇号証)の方には、左上欄外にホンコン・アイランズライン社の社名の表示があるけれども、本件船荷証券(一)及び(二)(甲第一三号証の一及び同第三号証の一)の方にはこれがなく、裏面の活字についても、右船荷証券用紙(甲第一一号証)の方は黒色で印刷されているが、本件船荷証券(一)及び(二)(甲第一三号証の二及び同第三号証の二)の方は青色で印刷されている。

(ウ) さらに、本件船荷証券(一)と同(二)の印刷の鮮度を相互に対比すると、その各表面(甲第一三号証の一と同第三号証の一)の左上欄外のホンコン・アイランズライン社の社名の表示については、前者方が薄く、後者の方が濃いが社章の旗の色については、前者の方が濃く、後者の方が薄い。

(三)(1) 被告富士銀行のニューヨーク支店、同本店外国部、同横浜支店等の各担当職員は、前項のように、本件船荷証券が外形上常態性を欠き偽造されたことが明らかであるにもかかわらず、その点検義務を怠り、漫然これを看過した。

(2) 被告東京銀行のロスアンゼルス支店等の各担当職員は、本件荷為替手形を買い取る際、右(1)と同様の注意義務を怠り、右本件船荷証券の偽造を看過した。

7  以上のとおり、原告は、被告ら銀行各担当職員が前記不注意により本件船荷証券の偽造を看過したため、前記3(三)のとおり本件荷為替手形金相当額の出捐をしたにもかかわらず、前記3(四)のとおり前記1の輸入商品を取得することができず、右手形金支払相当額(米ドル建て)の原告による支払時である昭和五六年一月三〇日現在の外国為替相場による換算額金三五〇七万六八四〇円の損害を被つた。

8  被告らは、原告の右損害につき、右担当職員らの使用者としての責任を負うものであり、また、両者間の関連共同性に基づき共同不法行為責任を負うものである。

9  よつて、原告は、被告らに対し、民法七一五条、七一九条に基づく損害賠償請求として、金三五〇七万六八四〇円及びこれに対する損害発生の日の翌日である昭和五六年一月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

(被告富士銀行)

1 請求原因1は不知。

2 同2のうち、(一)及び(二)は認め、(三)は不知。

3 同3(一)のうち、買取りのため呈示した者がシキ・エンタープライズの代表者であるY・ゴトウであることは不知、その余(呈示及び買取りの事実)は認める。同3の(二)及び(三)は認める。

4(一) 同4(一)は認める。

(二) 同4の(二)及び(三)は不知。

5(一) 同5(一)のうち、本件信用状が受益者であるシキ・エンタープライズ振出しの荷為替手形の支払銀行として被告東京銀行ニューヨーク支店を指定していることは認め、その余は争う。

(二) 同5(二)のうち、被告東京銀行ロスアンゼルス支店が本件荷為替手形の買取りを実行したこと及び本件船荷証券その他の添付書類一切を被告富士銀行本店に送付したことは認め、その余は争う。

(三) 同5(三)は争う。

6(一) 同(二)の冒頭の主張は争う。

(二) 同6(一)は争う。

(三)(1) 同6(二)の冒頭の主張は争う。

本件船荷証券は、通常同種の取引に用いられている船荷証券と、その記載項目等外形上全く同様の形式を備えているものであつて、これらが仮に偽造されたものであつたとしても、それは相応の注意をもつて行う点検によつては到底発見し得ないものであつた。

(2) 同6(二)(1)は争う。本件船荷証券の裏面がフェスコ社の用紙であるとの事実は不知。また、右裏面数ケ所にFESCOなる文字が散見されるが、それは原告主張のように印象的なものではなく、通常の注意力をもつてしては、到底発見し得ない程度の記載である。

また、銀行は、取り扱う船荷証券が、その船会社において通常用いられている所定の船荷証券用紙を使用して作成されたものであることを点検すべき義務などなく、また、かかる点検をすることは実務的に不可能である。

(3) 同6(二)(2)のうち、被告富士銀行が原告に対して三通ずつ二セット合計六枚の船荷証券を交付したことは認めるが、その余の主張はすべて争う。原告主張に係る署名の相違は、署名の仕方により、通常起こり得る程度の相違であり、原告主張のようにその相違が歴然としているものではない。

(4) 同6(二)(3)は争う。複写器具の発達により、最近はコピーにより作成された船荷証券も数多く出回つており、本件船荷証券が通常の船荷証券の様式と用紙の紙質、印刷の色合い等が異なるものであるとはいえない。

しかも、本件船荷証券は、前記ホンコン・アイランズライン社船荷証券用紙(甲第一〇、第一一号証参照)よりは多少厚く、ざらざらした感じはするものの、ゼロックス用紙よりはるかに薄い、右船荷証券用紙と十分比肩し得る上質の用紙が使用されており、かつ、作成方法は不明であるが、青色で印刷されており、コピーであること自体分らないほど精巧に作成されているものである。

また、原告は、本件船荷証券を右ホンコン・アイランズライン社船荷証券用紙と比較しているが、本訴において問題となるのは、本件船荷証券それ自体が常態性を有しているか否かであり、右船荷証券用紙と比較することは全く意味がない。

(四) 同6(三)は争う。

7 同7は不知ないし争う。

8 同8は争う。

(被告東京銀行)

1 請求原因1は不知。

2 同2の(一)、(二)及び(三)(1)は認める。

3 同3(一)のうち、買取りのため呈示した者がシキ・エンタープライズの代表者であるY・ゴトウであることは不知、その余(呈示及び買取りの事実)は認める。同3(二)は認める。同3(三)は不知。

4(一) 同4(一)のうち、被告東京銀行ロスアンゼルス支店が本件船荷証券及び商業送り状を被告富士銀行に送付したことは認め、その余は不知。

(二) 同4の(二)及び(三)は不知。

5(一) 同5(一)のうち、本件信用状が受益者であるシキ・エンタープライズ振出しの荷為替手形の支払銀行として被告東京銀行ニューヨーク支店を指定していることは認め、その余は争う。

(二) 同5(二)のうち、被告東京銀行ロスアンゼルス支店が本件荷為替手形の買取りを実行したこと及び本件船荷証券その他の添付書類一切を被告富士銀行本店に送付したことは認め、その余は争う。

(三) 同5(三)は争う。

6(一) 同6の冒頭の主張は争う。

(二) 同6(一)は争う。

(三)(1) 同6(二)の冒頭の主張は争う。

(2) 同6(二)(1)は争う。原告主張のように本件船荷証券の表面と裏面がそれぞれ別の船会社の用紙を複写して作成され、裏面には表面記載の船会社とは異なる船会社の商号が記載されているとしても、これらの事実は、書類の点検を行う銀行の通常の注意力をもつて容易に発見することができるものとはいえない。

(3) 同6(二)(2)は争う。一般に同一人が同一の機会にした数個の署名相互間においても、ある程度の差異が生ずることは経験則上明らかである。本件各船荷証券にされた各署名は、互いに近似しており、相互間に同一人の署名と認めることができないほどの差異があるとはいえない。すなわち、特に船会社から船荷証券の署名権者の対照用の署名の届出を受けているのでもない被告東京銀行ロスアンゼルス支店の事務担当者にとつて、右各署名の真偽について疑問を抱かせるような差異は何ら存しなかつた。

(4) 同6(二)(3)は争う。本件船荷証券には、その真偽に疑いを抱かせるに足りるほどの印刷の不鮮明、印刷ずれは見られず、また、用紙の紙質、印刷の色合い等に通常の船荷証券には見られないような一見明瞭な異常があるということはできない。むしろ、最近においては、複写器具の発達により、複写された船荷証券の用紙が用いられることが少なくなく、そのような用紙が船荷証券の作成に使用されたからといつて、そのこと自体は証券の効力に何ら関わりはないのである。

(四) 同6(三)のうち、(1)は不知、(2)は争う。

7 同7は不知ないし争う。

8 同8は争う。

三  被告らの主張

1  本件信用状の形式と買取権限

(一) 信用状には、発行銀行がその信用状に基づいて振り出された荷為替手形の買取りを特にある一銀行に指定する取組銀行指定信用状と買取銀行を特に限定しない取組銀行不指定信用状とがあり、買取銀行を特に限定する条項がない場合には、後者と解されている。

本件信用状は、「CREDIT AVAILA-BLE DRAFTS AT SIGHT」とのみ記載されており、買取銀行を特に限定していないから、取組銀行不指定信用状である。

発行銀行である被告富士銀行は、特定の銀行を指定することなく、本件信用状に基づく荷為替手形はどの銀行でも買い取ることができるものとして、銀行一般に対し右荷為替手形の買取りを授権しているのである。

したがつて、被告東京銀行ロスアンゼルス支店は、本件信用状による被告富士銀行の右授権に基づいて本件荷為替手形の買取りをしたのであつて、原告主張のように買取りの権限がないにもかかわらず自己の責任において本件荷為替手形の買取りをしたものではない。

(二) 本件信用状においては、荷為替手形の買取りと支払とがそれぞれ別個の銀行に授権されているのである(統一規則、「総則と定義」(b)(ⅱ)参照)。すなわち、支払の授権は、被告東京銀行ニューヨーク支店に対してされており、同支店のみが支払の権限を有する(統一規則「総則と定義」(e)第二項)が、買取りの授権については、特定の銀行を指定することなく、どの銀行でも買取りができるものとされているのである。

このように、本件信用状に基づく荷為替手形が、その支払銀行である被告東京銀行ニューヨーク支店以外の他の銀行において買取ることができるものであることは、本件信用状中の「買取銀行に対する指示――すべての書類は、二つに分けた航空郵便で当方に送付すること、荷為替手形は、補償のため航空郵便で支払銀行に送付すること」との文言自体からも明らかである。

(三) 本件信用状において、被告富士銀行が、本件信用状に基づく荷為替手形の支払銀行を被告東京銀行ニューヨーク支店と指定したのは、被告富士銀行の米ドル建預け金勘定が被告東京銀行ニューヨーク支店にあるので、荷為替手形の決済の便宜のためにしたにすぎない。

このことは、本件信用状において、荷為替手形の買取銀行に対し前記(二)記載のような指示がされていることからも明らかである。

信用状におけるこのような買取銀行に対する指示は、買主による目的商品の入手の迅速を期する心要上通例多く見受けられるところであり、買取銀行である被告東京銀行ロスアンゼルス支店としては、本件信用状の右指示に忠実に従つて、荷為替手形を同被告銀行ニューヨーク支店に送付する一方、本件船荷証券を含む船積書類のすべてを同被告銀行ニューヨーク支店を経由することなく、本件信用状発行銀行である被告富士銀行に送付したのである。

また、支払銀行である被告東京銀行ニューヨーク支店としては、買取銀行から荷為替手形の送付を受けたときは、被告富士銀行の米ドル建預け金口座から所要金額を引き落とし、これを手形の買取銀行に支払えば足りるのであつて、そもそも被告東京銀行ニューヨーク支店には荷為替手形の添付書類を点検する機会は与えられていないのである。

2  統一規則七条の点検義務の性質

(一) 統一規則七条により銀行がすべきものとされている条件一致に関する点検は、信用状に記載された条件と書類とが文面上一致していると見えるか否かという表面だけの形式的検査をもつて足り、実質的検査まで義務づけられているものではない。すなわち、銀行が点検すべき諸点を具体的に挙げれば、

(1) 有効期限内に書類が呈示されているか、特に積出書類については、その発行日後の呈示期間内に呈示されているか、

(2) 呈示された書類が信用状の要求どおりのものであるか、

(3) 手形金額及び送り状金額と信用状金額との間に矛盾はないか、

(4) 商品の記述、単価及び数量等の記載が信用状の要求に合致しているか、

(5) 保険書類を要するときは、その書類や担保条件が信用状の指図どおりであるか、

(6) 船荷証券の日付けが積出期間内であり、無故障(clean)かつ「onboard」のものであるか、裏書き、運賃あるいは分割積出しないし積換えにつき、信用状に一致しているか、

(7) その他信用状条件に違反している点はないか、

(8) 各書類の相互間に矛盾はないか、

の諸点であり、銀行は、これらの諸点を点検することによつて、統一規則七条所定の点検を必要かつ十分にしたものといい得るものである。銀行としては、書類が所定の方式を具備しているか否か、実体上の要件を充足しているか否か、内容が正確であるか否か、書類作成の権限を有する者によつて真正に作成されたものであるか否か(偽造ではないか否か)、変造の箇所がないか否か等、書類の実質的欠陥の存否については、何ら点検調査の義務を負うものではなく、また、書類に印刷された普通契約約款(船荷証券においては、その裏面に極細字で印刷された普通運送約款)又は書類に付記された特約条項についても、その内容を点検調査する必要は存しないのである。そして、それは、銀行にとつては、信用状取引の迅速円滑な処理を図るための当然の取扱いということができるのである。

(二) 書類の常態性に関する点検については、統一規則七条は何ら規定しておらず、また、同条には銀行が書類の常態性につき一応目を通すべきことが黙示されていると解する説によつても、それは、「書類の常態性につき一応目を通すべきことが黙示されている」という程度のもので、右(一)において具体的に述べた諸点((1)ないし(8))に関して銀行がすべき点検とはその性質を異にするものであり、船荷証券についていえば、作成者の署名洩れはないか、通常船荷証券とされているものと一見して外形上異なつたところ、例えば、紙質、大きさ、必要的記載事項の設欄、普通運送約款の裏面への印刷の有無等につき、一応目を通せば足りるのである。

しかるに、本件船荷証券は、通常同種の取引に用いられている船荷証券と、その記載項目等外形上全く同様の形式を備えているものである。

したがつて、本件船荷証券が仮に原告の主張するとおり偽造されたものであつたとしても、それは右に述べた範囲内における相応な注意によつては到底発見し得ないものであり、被告らが偽造に気付かなかつたとしても、何ら注意義務に違反するものではない。

(三) また、統一規則七条所定の各書類相互間の点検とは、積出しごとに作成されるインボイス(商業送り状)、船荷証券、保険証券等一組の書類につき、それらの書類がそれぞれに信用状条件と一致しているか否かの点検のほか、それら書類相互間においても矛盾がないか点検する必要がある、というもので、例えば信用状条件に「分割積出可能」とある場合において、分割積出しがされたときは、一回の積出しに際して作成された書類相互間の矛盾の有無につき点検をすれば足り、別の積出しに際して作成された書類との間の矛盾の有無についてまで点検する必要はないものである。

本件の場合、信用状条件には、「分割積出可能」(PARTIAL SHIPMENTSALLOWED)と定められており、本件船荷証券(一)(甲第一三号証の一、二)と同(二)(甲第三号証の一、二)とは、予約番号、積荷数量、揚地を異にする別個の積出し(前者は大阪港揚げ、後者は横浜港揚げ)に関してそれぞれ作成したものである。したがつて、その相互間の矛盾につき点検する義務も必要も存しない。

なお、統一規則七条所定の書類相互間の矛盾の点検とは、商品の記述、単価、数量等の記載が書類相互間において矛盾しないかどうかを点検することを意味するものである。

3  統一規則九条に基づく免責

統一規則九条には、「銀行は、すべての書類の形式、十分なこと、正確さ、真正さ、偽造あるいは法的効力、または書類に明記もしくは付加された一般条件および/あるいは特殊条件については、なんの義務も責任も負わない。さらにまた、銀行は、書類に表示されている物品の記述、数量、重量、品質、状態、包装、引渡、価値もしくは実在すること、または物品の荷送人、運送人あるいは保険者その他すべての者の誠実さもしくは行為および/あるいは不作為、資力、履行あるいは業態についても、なんの義務も責任も負わない。」旨規定されている。

したがつて、仮に本件船荷証券が原告主張のとおり偽造されたものであつたとしても、被告らは、いずれも、原告に対して、何らの義務も責任も負わないものである。

4  因果関係の不存在

仮に、本件船荷証券が偽造に係るものであることが外見上明白で、これを書類が信用状条件に一致しない場合に準じて考えることができ、かつ、被告らがこれを看過したことについて過失があつたとしても、被告らは、単にそれぞれ自己の授権者に対し(被告東京銀行は被告富士銀行に対し、同被告は原告に対し)て補償を請求することができないというにとどまり、他の何人かに対し債務不履行又は不法行為による損害賠償責任を負うことはあり得ない。

すなわち、書類に信用状条件との不一致があるときは、買取銀行は、その不一致を看過したことについての過失の有無いかんにかかわらず、信用状発行銀行に対して補償の請求をすることができず、信用状発行銀行は、そのような書類の受理を拒み、買取銀行からの補償請求に応じないことができる(統一規則八条(b))。また、仮に信用状発行銀行が信用状条件と一致しない書類を受理し、買取銀行からの補償請求に応じたとしても、信用状の発行を依頼した買主は、書類の受理と発行銀行からの補償請求とを拒むことができる。

けだし、買主は、発行銀行に対して、信用状条件と一致する書類と引換えに手形の買取りを行つた銀行に補償することを依頼し、授権したのであるから、書類が信用状条件に一致することは、買主が発行銀行に対して補償義務を負うための要件であるからである(統一規則八条(b))。

以上のとおり、荷為替手形の添付書類が信用状条件と一致することは、買取銀行が信用状発行銀行に対し、また、信用状発行銀行が買主に対し、それぞれ補償請求権を取得するための要件であつて、書類に信用状条件との不一致があるときは、買取銀行及び信用状発行銀行は、右の補償請求権を取得することはできないというだけであつて、他の何人かに対して、契約上の又は不法行為による損害賠償責任を負うことはあり得ないのである。

四  被告らの主張に対する原告の答弁すべて争う。

五  抗弁

1  被告富士銀行の抗弁

(商業信用状約定書上の約款に基づく免責)

原告は、被告富士銀行との間の一連の信用状取引全般について、昭和五五年三月五日、同被告との間で、商業信用状約定書に調印し、同約定書九条において、「手形附属書類は全て真正確実なものとしてお取扱い下されて異議ありません。また荷物の品名、量、銘柄、品質、価格等の誤記、偽記、荷物積送りに関して積出人より付替うべき諸費用及保険条件の不適、保険全額の過不足、保険者の支払能力、責任能力の不足其他保険に伴う危険等総て船積書類に関する不正、不確実、不正規等及び荷主売主と荷受人買主との間に於ける契約違反に就ては貴行または貴行為替取引先に全く責任がなく当社に於て責任をお引受致します。」旨約した。

したがつて、仮に本件船荷証券が原告主張のとおり偽造されたものであつたとしても、被告富士銀行は原告に対して何ら義務も責任も負わないものである。

2  被告東京銀行の抗弁

(商法五二六条一項本文類推適用)

本件信用状取引は、いわゆる商人間の取引であるから、原告としては、被告富士銀行から本件船荷証券を受け取つた昭和五五年一一月一〇日の時点で、遅滞なく信用状条件との一致の有無及び原告のいわゆる常態性の欠陥の有無を検査し、異常を発見したならば直ちにこれを被告富士銀行に告げて本件船荷証券を返却すべきであつた。

しかるに、原告が、その後相当期間を経過してから本件船荷証券について偽造の疑いを抱き、その時点で被告富士銀行に対し、支払の差止めを要求するなどして右偽造の疑いを通知したとしても、それは時期を失したものというほかはなく、商法五二六条一項本文の類推により、もはや本件信用状の瑕疵につき損害賠償の請求をすることは許されないものというべきである。

六  抗弁に対する答弁

1  抗弁1のうち、その主張の約定の存在は認め、その余は争う。

2  同2は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一<証拠>を総合すると、請求原因1(商品輸入売買契約)の事実を認めることができる。

二1  請求原因2の(一)(本件信用状の開設)及び(二)(荷為替手形の買取条件)の各事実は、いずれも各当事者間に争いがない。

2  同2(三)のうち、(1)(受益者に対する開設の通知)の事実は、原告と被告東京銀行との間において争いがなく、(2)(受益者に対する信用状原本の交付)の事実については、同被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。また、被告富士銀行との間においては、弁論の全趣旨により、右(1)及び(2)の各事実を認める。

三1  請求原因3(一)(本件荷為替手形の呈示と買取り)のうち、被告東京銀行ロスアンゼルス支店における本件荷為替手形及び各添付書類の呈示及び同支店による本件荷為替手形の買取りの各事実は、各当事者間に争いがない。また、原告代表者尋問の結果によると、右買取りのため呈示した者はシキ・エンタープライズの代表者であるY・ゴトウであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  同3(二)(買取銀行に対する支払銀行の支払及び支払銀行に対する発行銀行の補償)の事実は、各当事者間に争いがない。

3  同3(三)(原告の発行銀行に対する補償)の事実は、原告と被告富士銀行との間において争いがなく、被告東京銀行との間においては、<証拠>を総合して、これを認める。

四1  請求原因4(一)(原告による本件船荷証券の入手の経緯)のうち、被告東京銀行ロスアンゼルス支店が本件船荷証券及び商業送り状を被告富士銀行に送付したことは、各当事者間に争いがない。また、原告が昭和五五年一一月一〇日に被告富士銀行横浜支店から本件船荷証券等を入手したことは、原告と被告富士銀行との間において争いがなく、被告東京銀行との間においては、<証拠>を総合して、これを認める。右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  <証拠>を総合すると、同4(二)(Y・ゴトウによる本件船荷証券の偽造)の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  <証拠>を総合すると、同4(三)(目的輸入商品の取得不能)の事実を認めることができる。

五請求原因5(非指定銀行による買取りに起因する過失)について

請求原因5の事実中、本件信用状(の発行銀行である被告富士銀行)が受益者であるシキ・エンタープライズ振出しの荷為替手形の支払銀行として被告東京銀行ニューヨーク支店を指定していること、また、被告東京銀行ロスアンゼルス支店が本件荷為替手形の買取りを実行したこと及び本件船荷証券その他の添付書類一切を被告富士銀行本店に直接送付したことは、いずれも各当事者間に争いがない。

そこで、右事実関係を前提として、本件信用状の形式と買取権限の帰属(請求原因5(一))、被告東京銀行ロスアンゼルス支店による右買取りの実行の適否ないし同支店の買取り権限の有無(請求原因5(二)の第一の点)及びこれに伴う同支店から被告富士銀行への各書類の直送の適否(請求原因5(二)の第二の点)並びにこれに対する被告富士銀行の対応の当否(請求原因5(三))の各点について、以下順次検討することとする。

なお、以下において被告らの責任の有無を判断するに先立つて、その前提として、本件信用状に対する統一規則の適用の有無等につき検討しておくこととする。

統一規則は、特にこれに依拠しない旨の明らかな合意のない限り、すべての荷為替信用状に適用され、かつ、すべての関係当事者を拘束する旨をその冒頭に規定し(統一規則「総則と定義」(a))、統一規則がその採択銀行等の各当事者間において遵守し合うべきルールであり、拘束力を有するものであることを明らかにしているところ、<証拠>によると、本件信用状中には、統一規則(一九七四年改訂)に従う旨の文言が記載されていることが認められる。このように、本件信用状自体に統一規則の適用を認める文言が存することから、発行依頼人である原告と発行銀行である被告富士銀行との間においては統一規則に依拠する旨の合意が存することが明らかであり、また、買取銀行である被告東京銀行については本件信用状の指図に基づき自ら買取りを実行することにより統一規則の適用を受けることを承認したものとみるのが相当である。したがつて、右三者のいずれについても統一規則の適用及びその法的拘束力を認めることができる。

もつとも、本件信用状発行(一九八〇年九月一一日)後、一九八三年改訂の新統一規則が同年六月二一日採択され、一九八四年一〇月一日から実施されることとなつたが、前記二1の事実によると、本件信用状は、新統一規則の発効日である一九八四年一〇月一日より以前である一九八〇年九月一一日付けで発行及び通知が行われており(したがつて、その各指図の行われた日付けは更にそれ以前である。)、やはり右発効日より以前である同年一一月一五日に有効期限の切れるものであることが明らかであるから、国際商業会議所の指示する右改訂に伴う経過措置によると、右新統一規則が適用される余地は全くなく、当然に統一規則(一九七四年改訂)に準拠し、その適用を受けるものである。

1  請求原因5(一)(本件信用状の形式と買取権限の帰属)について

(一)  一般に、荷為替手形の支払に関しては、銀行は、信用状に特に指定されていることによつて信用状に基づく支払を行う権限を有する(統一規則「総則と定義」(e)第二項)。したがつて、当該信用状に特に支払銀行として指定されている特定の銀行のみが、右信用状に基づく支払権限を授与されているものと認められることになる。

これに対し、荷為替手形の買取については、銀行は、信用状に特に指定されていること(統一規則「総則と定義」(e)第三項ⅰ、いわゆるRestricted Credit、レストリクト信用状とも呼ばれる。)、又は、信用状がどの銀行によつても自由に買取可能な形式になつていること(同項ⅱ、いわゆるOpen Negotiation CreditないしOpen Creditオープン信用状とも呼ばれる。)のいずれかにより、信用状に基づく買取りを行う権限を有する(同項本文)。したがつて、統一規則上、当該信用状がどの銀行による買取りをも許容する形式のもの、すなわちいわゆるオープン信用状である場合には、右同項ⅱに該当するものとして、いかなる銀行も右信用状に基づく買取りを任意に行う権限を有することとされているのである。このような任意の買取銀行に認められる買取権限は、当該信用状の発行銀行がどの銀行による買取りをも許容することによつて任意の買取銀行に対して授権したものと解するのが相当である(一九八三年改訂の新統一規則一一条d参照)。

そして、右同項ⅱの「どの銀行によつても自由に買取可能な形式し(オープン信用状)とは、その文言上どの銀行においても買取可能の旨明示している(原告の主張するavailable with any bank by negotiation又はこれに類する表現の文言を明記している)ものだけでなく、特にその旨明示してはいないが、他方で買取銀行として特定の銀行を指定してもいないため、結果的にどの銀行による買取りをも許容することになるものもまた含むものと解される。

このように、信用状取引における荷為替手形についての支払の授権と買取りの授権とは、全く別個のものであるから(統一規則「総則と定義」(b)ⅱ参照)、当該信用状において特定の銀行が支払銀行として指定されているからといつて、右銀行が当然に買取銀行としても指定されたことになるものではなく、買取銀行についてはさらに別個に買取りの授権の内容を検討しなければならないことはいうまでもない。

(二)  そこで本件についてみるに、<証拠>によると、本件信用状中には、どの銀行によつても買取可能である旨明示する文言は存しないけれども、他方で、特定の銀行を買取銀行として指定する旨の文言は何ら存しないことが認められる。

したがつて、本件信用状は、特定の銀行を買取銀行として指定しないことによつて、どの銀行による買取りをも許容する形式(オープン信用状)となつているものとみるべきであるから、本件信用状においては、前掲統一規則「総則と定義」(e)第三項ⅱに該当する場合として、いかなる銀行も本件信用状に基づく買取りを任意に行う権限を認められていたものというべきである。

被告東京銀行ニューヨーク支店は、前記のとおり、本件信用状において支払銀行としての指定は受けているけれども、これによつて当然に買取銀行としても指定されたことになるものではなく、かえつて、右のように、本件信用状の記載に照らすと、任意の買取銀行に買取りの権限が認められていたものと解されるのであつて、原告の主張するようにこれを被告東京銀行ニューヨーク支店だけに限定すべき理由は何ら存しない。

2  請求原因5(二)の第一の点(被告東京銀行ロスアンゼルス支店による買取りの実行の適否)について

以上のとおりであるから、被告東京銀行ロスアンゼルス支店は、いわゆるオープン信用状における任意の買取銀行として、統一規則上の正当な買取権限に基づいて本件荷為替手形の買取りを実行したものであつて、原告主張のように買取りにつき無権限であるにもかかわらずあえて買取りを実行したものではない。

したがつて、この点について同被告の過失を論ずべき余地はないものというべきである。

3  請求原因5(二)の第二の点(各書類の被告富士銀行への直送の適否)について

次に、被告東京銀行ロスアンゼルス支店(買取銀行)が本件船荷証券等の添付書類を同行ニューヨーク支店(支払銀行)を介さずに直接被告富士銀行(発行銀行)に送付したことの適否について判断する。

(一)  <証拠>によると、本件信用状中には、「買取銀行への指示」として、任意の買取銀行に対し、荷為替手形とその添付書類とを分離し、添付書類は二つの航空郵便ですべて発行銀行である富士銀行に直送し、荷為替手形だけを支払のため支払銀行である被告東京銀行ニューヨーク支店に送付すべきことを指示する文言が記載されていることが認められる。

支払銀行としては、このような指示の文言が記載された信用状に基づいて荷為替手形だけが送付されてきた場合には、買取銀行に対し手形金を支払い、発行銀行の預け金勘定から右支払金に相当する金額を引き落として自己の出捐に充てるという取扱いをすれば足り、他の書類を点検する必要も義務も存しないことから、買主は目的の商品を迅速に入手し得るという利益を享受することになる。しかも、任意の買取銀行によつて買取りが行われるときは、右迅速性は更に促進されることになる。このように、信用状において任意の買取銀行に対し前記のような指示がされるのは、発行銀行において、買主による目的商品の入手の迅速を期するため、書類の点検についてはこれを右買取銀行及び発行銀行だけの責任に委ね、支払銀行に対してはこれを免除し省略する趣旨に出たものと解することができ、それ以外に特段の意図があると解すべき根拠は存しない。

したがつて、本件信用状中の右文言の記載に照らすと、本件信用状において被告東京銀行ニューヨーク支店が支払銀行として指定されているのは発行銀行である被告富士銀行が為替専門銀行である被告東京銀行の書類点検能力に全幅の信頼を置いたためである旨の原告の主張は、根拠のあるものとはいえず、採用することができない。

本件信用状においては、前記「買取銀行への指示」の記載文言からも明らかなとおり、そもそも被告東京銀行ニューヨーク支店には本件船荷証券等の添付書類を点検する機会は与えられていなかつたのである。

(二)  以上のとおり、本件信用状においては、荷為替手形の買取銀行に対しては、前記「買取銀行への指示」によつて、本件船荷証券等の添付書類一切を支払銀行である被告東京銀行ニューヨーク支店を経由することなく、発行銀行である被告富士銀行に直接送付すべき旨が指示されているのであつて、本件荷為替手形の買取りを実行した被告東京銀行ロスアンゼルス支店としては、本件信用状中の右指示に従つてこれを忠実に履行したものということができる。しかも、前記(一)のとおり、そもそも同被告銀行ニューヨーク支店によるこれらの書類の点検の機会は本件信用状においては当初から予定されていなかつたものである以上、同被告銀行ロスアンゼルス支店の右のような措置に何ら不適切な点はなく、この点について同被告の過失を論ずべき余地はないものというべきである。

4  請求原因5(三)(被告富士銀行の対応)について

以上のとおりであるから、本件信用状の発行銀行である被告富士銀行としては、自らこれをどの銀行によつても買取可能な形式(オープン信用状)として発行し、かつ、前記の「買取銀行への指示」文言を記載したものである以上、被告東京銀行ロスアンゼルス支店から直接送付されてきた各添付書類を受領した際、同支店による本件荷為替手形の買取り及びその後の各添付書類に対する右措置について、いずれも本件信用状中の指図に基づく正当なものとしてこれを了承したことは極めて当然のことであつて、この点については何ら過失を論ずべき余地はないものというべきである。

六請求原因6(書類の常態性についての点検義務違反の過失)について

原告は、請求原因6において、被告富士銀行については発行銀行としての、被告東京銀行については買取銀行としての、本件船荷証券の常態性に関する各点検義務の懈怠による過失を主張する。

1  請求原因6(一)(書類の常態性に関する銀行の点検義務)について

そこで、まず、信用状取引における発行銀行及び買取銀行の各々について、統一規則七条の書類点検義務の存否、内容及び範囲を各検討することとする。

(一)  書類点検義務の存否

本件信用状には、前記のとおり統一規則が適用されるものであるところ、銀行の書類点検義務を定める統一規則七条は、信用状の発行銀行及び当該信用状において特に指定を受けた買取銀行(いわゆるレストリクト信用状において発行銀行から授権を受けた買取銀行)はもとより、本件信用状のように買取りが特定の銀行に指定されていないいわゆるオープン信用状における任意の買取銀行にも適用されるものと解すべきである。オープン信用状に基づいて任意に買取りを行う銀行に対しても、右信用状の発行銀行は、前記のとおり、どの銀行による買取りをも許容することによつて買取権限を授権したものと解される(一九八三年改訂の新統一規則一一条参照)し、また、右任意の買取銀行も発行銀行に対して右信用状に基づく補償請求権を主張できることにかんがみても、右のごとく解するのが相当である。

したがつて、被告富士銀行は本件信用状の発行銀行として、被告東京銀行は本件(オープン)信用状に基づく任意の買取銀行として、いずれも統一規則七条の書類点検義務を負担するものである。

そこで、右統一規則七条の書類点検義務の内容及び範囲について以下検討することとする。

(二)  書類点検義務の内容

統一規則七条が明示に規定している書類点検義務の内容は、呈示された書類の形式及び記載文言が信用状条件として指図されている形式及び文言と一致しているか否かを、文面上、外観的形式的に照合し確認する義務の範囲に限られており、書類の有効性や物品等の実在等、実体についての調査義務まで銀行に課せられているわけではない。

このように、銀行としては、書類の点検に際しては、基本的には専ら文面上の信用状条件との一致の調査に当たるものであるが、書類がその文面上常態的形式を備えているかの点すなわち書類の外観上の正規性、常態性についても、「相応の注意(reasonable care)」を払うべきことは、前記統一規則七条の規定のうちに黙示的に含まれているものと解すべきである(米国統一商法典第五編一〇九条参照)。ただし、この義務の内容は、あくまで外観上、文面上のものについての「相応の注意」(民法上の善管注意義務とほぼ同程度のものと解される。)を払うことであるから、銀行に要求されている点検の具体的内容も、当該書類が通常同種の取引に用いられているものと同様な形式を備えているか、発行者又は作成者の正当な署名と見られる署名があるか否かという点を外観上相応に点検する程度であつて、各書類が法的要件を具備しているか否か等につき逐一厳密に審査するようなことまでが求められているものではない。

(三)  書類点検義務の範囲と統一規則九条

そして、銀行において右のように書類自体の外観上の正規性、常態性について相応の注意を尽くして点検したが、なお書類の偽造を発見できず、後日になつて右偽造の事実が判明した場合、すなわち、書類自体の外観についての相応の注意による点検によつては到底発見し得ないような偽造については、銀行は点検義務を負うものではなく、したがつて責任を負うことのないことは、統一規則九条(一般には「免責規定」と呼ばれている。)においても確認的に規定されている。

なお、右統一規則九条については、一般には書類の偽造、変造等の実質的効力及び内容についての(文言上は無条件の)銀行の免責規定と解されているが、書類が偽造、変造されていることを知りながら、あるいは、容易に知ることができたにもかかわらず通常行われるべき程度の調査も行うことなく偽造、変造を発見できなかつた場合にまで、銀行の免責を認めるとの趣旨ではないものと解すべきである(そして、右の理は、銀行と発行依頼人との間に通常取り交わされている商業信用状約定書上の約款中のいわゆる免責条項についても、同様に当てはまるものと解すべきである。)。

したがつて、銀行は、書類の偽造の点に関しては、当該書類自体が外観上明らかに正規性、常態性を欠き、その偽造であることが一見して明白である場合については、当該書類の偽造の点についても(統一規則七条の規定のうちに黙示的に含まれている)点検義務を負担し、その懈怠は過失を構成するものといえるが、他方、当該書類自体が外観上一見して異常であると認められない限り、すなわち、通常同種の取引に用いられているものと明らかに形式や態様が異なり、当該署名も明らかに発行者又は作成者の正当な署名とは見られないような場合ではない限り、当該書類の作成の真否、すなわち偽造の有無の点についてまでは点検義務自体を負うものではなく、したがつて何らの責任も負わないものと解すべきである。

2  請求原因6(二)(本件船荷証券の常態性欠如の明白性)について

そこで、後日になつて偽造であることが判明した本件船荷証券三通が、外観上一見して正規性、常態性を欠き異常であると認められるものであつたか否か、すなわち、通常同種の取引に用いられているものと明らかに形式や態様が異なり、署名も明らかに発行者の正当な署名とは見られないようなものであつたか否かについて判断することとする。

(一)  請求原因6(二)(1)(表裏の船会社名の相違)について

前掲甲第三、第一三及び第一四号証の各一、二並びに検証の結果を総合すると、本件船荷証券(一)ないし(三)の各表面には左上欄外に表題として比較的大きな文字で「HONG KONG ISLANDS LINE」と記載されていること、その各裏面全体には英文の運送約款が極めて小さな活字で四段、百三十数行、一行約五十数字にわたつて、狭い行間で一面にほぼくまなく記載されていること、右英文中の左端列の第一条中に一箇所、右端列の第一九条中に二箇所及び第二一条中に一箇所、合計四箇所に「FESCO」の文字が文中の一単語として記載されていることを認めることができる。

本件船荷証券が、表面は船会社であるホンコン・アイランズライン社(HONG KONG ISLANDS LINE)の用紙の表面を、裏面は別の船会社であるフェスコ社(F-ESCO)の用紙の裏面をそれぞれ用いてこれらを合成、複写して偽造されたものであることは、前記四2(請求原因4(二))のとおりであるところ、原告は、本件船荷証券の裏面中の右四箇所の「FES-CO」の記載は印象的である旨主張し、これと表面の「HONG KONG ISLANDS LINE」との矛盾を指摘して右偽造の明白性の根拠としている。

しかしながら、表面の「HONG KONG ISLANDS LINE」の記載は原告主張のとおり一見して容易に目に入るものといつてよいが、裏面の四箇所の「FESCO」の記載の方は、前認定のようなものであるばかりでなく前掲各証拠によると、当該記載の活字の大きさ自体も同文中の他の大文字と全く同一(一字一ミリメートル四方程度)であることを認めることができるのであつて、右裏面を一見し、明らかな異常の有無を点検すべく相応に目を通しただけでは右記載を発見することは極めて困難であり、これを発見するためには、右裏面の運送約款の全文を一語一句漏らさない程度に逐一通読することを要するものと考えられるのである。

ところが、統一規則九条によると、銀行は、書類に明記若しくは付加された一般条件及び特別条件について、何らの義務も責任も負わないこととされている。すなわち、同条は、船荷証券等の運送書類、保険書類等に印刷されている普通約款や付加されている特殊約款の内容について、専門的知識をもたない銀行に調査、点検の義務を負担させないことを明示して、銀行における大量の事務の迅速な処理を保障しているのであつて、銀行としては、船荷証券その他の運送証券等の約款については、一見して分かるような顕著な異常の存しない限り、その内容について逐一点検する必要はないのである。

このように、被告銀行らとしては、統一規則上、本件船荷証券の裏面に印刷された運送約款の内容についてまでその全文を逐一点検するような作業は要求されていない以上、通常の注意力をもつてしては、前記「FESCO」の記載を発見することは極めて困難であるというべきである。したがつて、右の記載が存在するからといつて、本件船荷証券の表裏における船会社名の相違が明白であるということはできない。

(二)  請求原因6(二)(2)(署名の綴りの不統一)について

(1) <証拠>を総合すると、請求原因6(二)(2)の(ア)の事実を認めることができる。

(2) <証拠>によると、原告主張の船荷証券四通のうち本件船荷証券三通の発行人の署名は、それぞれ原告主張のとおりの綴りにより筆記体で記載されており、三通とも綴りが異なることが認めることができる。しかし、他の一通に関しては、その発行人の署名の綴りについて原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

(3) 原告は、本件船荷証券三通の右発行人の署名が相互に不統一であることは明白かつ歴然としている旨主張する。

しかしながら、右署名は、前記のとおり、その姓についてはすべてMantellと記載されていて同一であるばかりでなく、その名についても初めの二文字はすべてSiで始まつていて同一であるし、その余についても、右署名自体が筆記体によりサインであるため、m(ないしn)とu、(r)の各文字は連続した一連の波状の曲線の集合となつていて、たやすくその差異を識別できないほど近似した形状をなしている。

しかも、<証拠>を総合すると、右署名は通常の真正な船荷証券と同様肉筆によるものであり、また、そのことは本件船荷証券を一見すれば明白であり容易に看取しうるものであることが認められるのであつて、かかる肉筆による外国名の署名においては、一般に同一人が同一機会にした数個の署名相互間においてもある程度の差異が生ずることは経験則上明らかである。

しかるに、本件各船荷証券上の各署名は、前記のとおり、それ自体ほとんどその差異を識別できないほど極めて近似しており、しかも、これを点検する銀行としては、右のとおり肉筆による外国名の署名の際に通常生じ得る差異をも考慮に入れつつ点検に当たるものであるから、原告主張のように右各署名相互間に同一人の署名と認めることができないほどの明白かつ歴然とした差異があるものとは到底認めることができないというべきである。

(三)  請求原因6(二)(3)(印刷の不鮮明、ずれ、紙質等)について

(1) 請求原因6(二)(3)の(ア)(本件船荷証券の各表面の印刷)について

(ア) <証拠>によると、本件船荷証券の各表面の記載のうち、青色で印刷された各船荷証券用紙の定型の記載部分及び左上欄外のホンコン・アイランズライン社の社章部分の印刷については、一部に若干不鮮明な部分があり、記載欄の枠取りの線にも一部途切れている箇所があるけれども、その大半の記載は十分に鮮明であること、また、不鮮明な部分も別段判読不能なほどではなく、十分に判読可能であること、ホンコン・アイランズライン社の社章も旗としての形状自体は十分看取できること、黒色でタイプされた本件各船荷証券固有の各記入事項の記載は、活字自体も大きく、ほぼ全面にわたつていて字数も多い上に、すべて極めて鮮明かつ明瞭であること、したがつて、船荷証券(表面)全体の印象としては、別段不鮮明の感を与えないこと、また、原告の指摘する右上欄外のBill Of Lad-ingの記載の右隣の不鮮明な線も、ごく薄く細い線であつて、通常ほとんど気付かない程度のものであることを認めることができる。

このように、本件船荷証券(表面)の印刷は、それ自体全体として別段不鮮明との印象を与えるものではなく、しかも、<証拠>によると、現在では、複写機械の普及に伴つて、コピーした船荷証券用紙を用いた船荷証券が相当数流通するようになつていること、銀行としても、本件船荷証券のように署名が肉筆でされていればこれを正当なものと認めて取り扱つており、現実にも今回の事件以前に取り扱つたものはすべて真正な船荷証券であつたことが認められるのであつて、かかる取引の実情にかんがみると、船荷証券の定型用紙部分の印刷の一部に若干不鮮明な箇所が存在するとしても、一般に本件程度の軽微なものについては、コピーした船荷証券用紙を用いた船荷証券において通常起こり得る範囲のものというべきであつて、これをもつて常態性を欠くことが明白であるということはできない。

(イ) また、前掲(ア)の各証拠によると、原告の指摘するとおり、本件船荷証券(表面)の左下段のFREIGHT PAY-ABLE ATの上の二本線と商品名欄の縦の線の下端との間に若干の空隙が存することが認められる。

しかしながら、右各証拠によると、右空隙の大半は約一、二ミリメートル程度の極めて僅小なものにすぎず、銀行の点検に際しては当該船荷証券固有の記入事項の方に主眼が置かれることに照らしても、それ自体通常の注意力をもつてしては気付かない程度のものであるばかりでなく、前記のコピーした船荷証券用紙を用いた船荷証券の普及という取引の実情等にかんがみても、別段注意を喚起するに足りる程度のものではなく、まして、右空隙の存在の事実のみから原告の主張するような合成及び複写方法による偽造の事実を推認するなどということはおよそ不可能というべきである。

(ウ) さらに、前掲(ア)の各証拠によると、本件船荷証券(表面)の商品名欄の右端に、原告の指摘するとおり、「DORF(21)」という記載があることが認められる。

しかしながら、右記載が通常の船荷証券では使用されないものである旨の主張については、何らこれを認めるに足りる証拠がないばかりでなく、右記載自体本件船荷証券の最右端のごく狭い枠の中に極めて細かい小さな文字で記載されており、通常特段の注意を喚起するに足りるものではないものと解される。

(2) 請求原因6(二)(3)の(イ)(ホンコン・アイランズライン社船荷証券用紙との対比)について

原告は、ホンコン・・アイランズライン社(において通常用いられている所定の)船荷証券用紙との対比によつて、本件船荷証券の常態性の欠如の明白性を基礎づけようとしている。

しかしながら、本件においては、本件全証拠によつても、偽造に係る本件船荷証券と共に右ホンコン・アイランズライン社船荷証券用紙を用いた同社発行の真正な船荷証券が被告銀行らに呈示されたという事実を認めるに足りず、かえつて、弁論の全趣旨によると、本件船荷証券と共にかかる真正な船荷証券が呈示されたことはないものと認められるのであつて、偽造証券である本件船荷証券(前掲甲第三、第一三及び第一四号証の各一、二)の外観上の常態性をホンコン・アイランズ社船荷証券用紙(甲第一〇、第一一号証)との対比において検討することは当を得ないものというべきである。すなわち、本件船荷証券の外観上の常態性を検討するに当たつては、普通一般に船荷証券として機能し流通しているものの通常の形式及び態様を基準とすれば足り、当該特定の船会社の所定の様式等を基準とすることまでは要求されていないと解すべきである。

したがつて、原告の所論は、その前提を誤つたものであつて、そもそもの主張自体において失当であるというべきである。

(3) 請求原因6(二)(3)の(ウ)(本件船荷証券(一)と同(二)との印刷の鮮度の対比)について

原告は、本件船荷証券(一)と同(二)とを相互に対比することによつて、これらの常態性の欠如の明白性を基礎づけようとしている。

しかしながら、そもそも、書類の外観上の常態性についての銀行の点検義務は、統一規則七条の規定のうちに黙示的に含まれている義務と解する以上、当該書類と信用状条件との文面上の一致の調査に付随して認められるものと解すべきであるから、銀行としては、異なる信用状条件について別個に発行させた複数の書類については、その各々について、当該書類と各信用状条件との文面上の一致の調査に付随して別個にその外観上の常態性を点検すれば足りるのであり、常態性に関して右対応する信用状条件を異にする複数の書類相互を対比してその矛盾、相違等につき点検することまでは義務づけられていないものと解するのが相当である。

本件の場合、<証拠>によると、本件信用状中には、積荷の積出しの条件に関して、PARTIAL SHIPMENT AL-LOWED(分割積出可能)との文言が記載されていることが認められ、また、<証拠>を総合すると、本件船荷証券(一)と同(二)及び(三)とは、揚地(同(一)は大阪港揚げ、同(二)及び(三)は横浜港揚げ)、予約番号及び積荷数量を異にする別個の積出しに関してそれぞれ発行されたものであることが認められる。このように、本件船荷証券(一)と同(二)とは、異なる信用状条件についてそれぞれ別個に発行されたものであるから、銀行としては、常態性に関して、その相互を対比してその矛盾、相違等につき点検することまでは義務づけられておらず、その必要はないものである。

もつとも、本件船荷証券三通は、両被告銀行において、一括して同時に呈示されたものであり、かつ、いずれも同じホンコン・アイランズライン社発行のものとされていることから、実際には両被告銀行が右相互間の矛盾、相違に気付く可能性が存したともいえるが、これはあくまで事実上のものであつて、両被告銀行において右相互を対比して点検すべき義務までも負うものではないから、その看過が点検義務違反となるためには、かかる矛盾、相違が逐一対比による点検照合をするまでもなく一見して顕著であつて、当該船荷証券自体の外観上の常態性の欠如と同視しうる程度に明瞭である場合に限られるものというべきである。

そこで、本件船荷証券(一)と同(二)の各表面(甲第一三号証の一と同第三号証の一)の印刷の鮮度をそれぞれについて見るに、<証拠>によると、右相互の間に、逐一対比による点検、照合をするまでもなく一見して明白といえるほどの顕著な差異は何ら存在しないことを認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(4) 用紙の紙質について

検証の結果によると、本件船荷証券(一)及び(二)の紙質は、ホンコン・アイランズライン社船荷証券用紙と比較して、より厚く、ざらざら、ごわごわした感じであることを認めることができる。

しかしながら、そもそも、右船荷証券用紙を用いた真正な船荷証券が本件船荷証券と共に同時に呈示されたものとは認められない本件においては、本件船荷証券の常態性を右船荷証券用紙との対比において論ずること自体前提を誤つたものであることは前記(2)のとおりである。

そして、本件船荷証券(一)及び(二)の右紙質は、前記のとおりコピーを原本とする船荷証券が広く一般に流通を認められている今日においては、それ自体としては、普通一般に船荷証券として機能し流通しているものの通常の態様からしても、ごく一般的(常態的)なものであるということができる。

(四)  以上のとおり、本件船荷証券については、原告の主張し指摘するいずれの点においても、外観上常態性を欠くことが明白であつたものと認めることはできない。

さらに、用紙の大きさ(規格)については<証拠>を総合すると、本件船荷証券は、通常の船荷証券と同様の大きさのものであることが認められる。

したがつて、本件船荷証券については、いかなる点においても、外観上正規性、常態性を欠くことが明白であつたものと認めることはできないというべきである。

3  以上のとおり、本件船荷証券の偽造については、それが外観上の正規性、常態性についての相応の注意による点検によつては到底発見し得ないものである以上、被告銀行らは、そもそも(統一規則七条の規定のうちに黙示的に含まれている)点検義務自体を負うものではなく、したがつて、何ら法的責任を負わない(統一規則九条)ものというべきである。

七結論

以上のとおりであるから、原告の被告両名に対する本訴各請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官新村正人 裁判官近藤崇晴 裁判官岩井伸晃)

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